ひかりごけ

昔、上弦堂でもお話しましたが、普段いろいろなYouTube動画を見ています。今日は、その中で心に残っている動画に関するお話です。
それが「ひかりごけ事件(wikiへのリンクを張っています)」です。動画は以下に引用します。

【事件の概要】
昭和18年12月。北海道の知床半島。座礁した徴用船から漂着した船長。他の船員とはぐれるも、一軒の番屋(夏に使われる漁師の作業小屋)を見つける。すると、最年少の船員一人(青年)も同じ番屋にたどり着く。その後二人は別の番屋へ移動しそこで一ヶ月以上を過ごす。やがて、青年はそこで亡くなる。遺された船長はその遺体を口にし生き延びる。
翌昭和19年2月、船長は助けを求め番屋を後にする。数日さまよった結果、一軒の家を見つけ、そこに住む老夫婦に助けられる。船長は一躍時の人となる。しかし、船長の(生還した際の)状況に疑問を持った人も居たが、この時は問題にならなかった。
冬が明けた5月、件の番屋の持ち主が番屋そばで人骨を見つけ通報。これによって船長は「奇跡の神兵」から「罪人」へと変わる。船長は食人を認めるも、殺人は否定する。最終的に船長は、死体損壊罪で懲役一年の判決を受ける(心神耗弱による減刑あり)。

この事件を小説化したのが、武田泰淳氏の小説「ひかりごけ(アマゾンへのリンクを張っています)」です。これを今日読んだのでブログに書いている次第です。ちなみに冒頭の「ひかりごけ事件」と言う呼称は、この小説名が由来だそうです。

ひかりごけ(武田泰淳著)

【感想】
生きるとは何か、罪とは何か、裁くとは何かを考えさせられる内容でした。
死んだ者を食べなければ自分も死ぬ。しかし、死んだ者を食べてしまうと人で無くなる(野蛮人になる)。
死んだ者は過酷な環境を共にした戦友。しかし、今はその戦友もただの肉。
餓死するか罪人になるか…………。
助かった後、裁く者(検事)は人間を食べたことすらない「何も知らない」者。一体なぜ「何も知らない」者に裁かれなければならないのか。食べられた被害者(青年)に裁かれるならともかく……。
何が正義で、何が悪かなのか。読了した今も考え続けている。

最後に、小説内に出てくる一節を引用したいと思います。これは、船長が生還した後、死体損壊罪での裁判中に船長の弁護士が船長に向けて言う言葉です。

「だが、お前も気の毒な男さな。食べなければ、餓死するんだし、食べれば罪を犯すんだからな。不幸なめぐりあわせさな。」

武田 泰淳 「ひかりごけ」 新潮文庫

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