自己を肯定すると言うこと

突然だが、「自己肯定感」と言う言葉を一度は聞いたことあるかと思う。あなたは、この言葉をどういうものだと思っているだろうか?もしかしたら「自分を愛してあげる」とか、「自分を好きになる」とか、「自分に自信がある」とか思っている人もいるかもしれない。その解釈は、場合によっては間違えているかもしれない、というお話。

「自己肯定感」と似た言葉に「ナルシシズム」と言うものがある。一般的には「ナルシシスト(ナルシスト)」と言う言葉の方が分かりやすいかもしれない。「ナルシシスト」は御存知の通り「自己愛の強い人(自己陶酔)」と言う意味だ。

では、「ナルシシズム」は「自己肯定感」と同じなのか?答えはノーだと思う。なぜなら、「ナルシシズム」の根底にあるのは「自己否定」だからだ。「ナルシシスト」が酔いしれる対象は「自分の中にいる架空の自分」なのだ。つまり、本当の自分に蓋をし、空想の自分を好きになる(または愛する、酔いしれる)。これが「ナルシシスト」なのだ。

つまり「自己肯定感」を高めるために無理やり「自分を好きになる」と言うことは、傷口を広げ、取り返しのつかない方向へと歩みを進めてしまう可能性すらあるのだ。
また、「自分は周囲から常に嫌われている」と言う考えも「ナルシシズム」なのだと私は考えている。それはなぜかと言えば、「自分は嫌われている」とか「いつかは裏切られる」と考えるのは「嫌われた・裏切られた架空の自分」に陶酔しているからだ。さらに「嫌われて当然」と言う感情も同じだ(本当に嫌われたことをしたなら別ですが)。

では、「自己肯定感」とはなにか?それは「他者や思い描く自分像に振り回されない」ことなんだと思う。平たく言えば「落ち着くこと」とも言えるかもしれない。
例えば何かミスをしたとしよう。そこでいつまでもクヨクヨして自己否定をしても仕方ないのだ。どこかでケジメを付けて、反省することはきちんと反省し次につなげる、そう切り替えることが大切だと思う。

「あなたが思っているほど、周囲はあなたのことを見ていない」と言う言葉を耳にしたことがある。この気持ちが「自己肯定感」を高めるために大切なんだと私は思う。
別に「自分が嫌い」でも良い。無理に「自分を好きになる」必要も無い。それが「自分」なんだと許容してあげることが大切なのだ。
あなたにも一人くらい嫌いな人、苦手な人が居るだろう。だからと言って、その嫌いな人を殺したいですか?存在を消したいですか?きっと、そこまでは考えないだろう(もちろん、殺したいくらい憎んでいる人も居るでしょうが)。その程度の心持ちで良いのだ。

きっと、究極の「自己肯定感」は「悟り」なんだと思う。自分自身や外部の影響を受けず、自分を安定させる。まぁそこまでは不可能かもしれませんが、あなたが今見つめている「自分」は「架空の自分」じゃないですか?その自問が大切なんだと思う。

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